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化学者が生物学の研究所を管理するということ

2014年10月15日

現在の理化学研究所の理事長は野依博士であるが、この野依体制の元、STAP細胞構築の試みに関する研究がなされ、2報の論文が発表された。このSTAPに関する研究はその後、研究不正が指摘され、理化学研究所による調査委員会により研究不正が認定され、2報の論文が取り下げられたことは、皆様のご存じのところである。野依理事長の管理責任も問われ、一部から辞任もやむ無しの声が上がっている。他方で、一研究者の研究不正によって、理研ほどの規模の組織の代表がその管理責任により辞任するのは、行き過ぎではないかとの声もある。

私の専門は生物学(分子生物学・生化学)であるが、ポスドクとして化学が専門の研究室に所属していたことがある(間をおいて1年半と2年半の、合計4年間)。その経験から、化学が専門の人が、生物学の研究所(研究室)の管理・運営に深く関わった場合、どういう事になるかということを考えてみたい。

私の経験では、化学の世界における、実験→データー整理→論文発表のサイクルは、生物学の世界におけるそれに比べて非常に速い。一日か二日の実験ですべてのデーターを取り、それを一週間ほどで整理し、論文執筆となることも、多々あるようだ。また、得られたデーターは多くの場合明快で、再現性も高いし、他のラボでの再現実験も容易である。論文における結論も、生物学のそれのように「~であることが示唆される」という曖昧なことはほとんど無い。化学の研究では数学が多用され、実験結果が簡単な数式で説明できることも多い。これらは、私たち生物学者の行なう研究や論文とは大きく異なる点である。その研究サイクルのため、一人の研究者が発表する論文の数も、非常に多い。私が所属していた化学の研究室のボスは、私が在籍当時、1000を優に超える論文を持っていた。今なら、2000を超えているに違いない。

他方、生物学の世界における、実験→データー整理→論文発表のサイクルは、もっと遅い。速くて一年、普通は二-三年であり、場合によっては五-六年を費やすこともある。行なわなければならない実験の量も膨大で、肝心の実験を始める前の準備だけで1-2年を費やしてしまうこともざらである。得られたデーターは曖昧な物が多く、不確かではあるが多種多様の実験の積み重ねにより一つの結論を得ることが多い。また、他のラボでの再現実験も、容易ではない。今所属している生物学の研究室のボスは、200ほどの論文を有している。上記で述べた、化学の教授のそれの、10分の1に過ぎない。

私が最初に化学の研究室の配属になったとき、一年半在籍していたが、その間に一報の論文を書いて、これは教授にずいぶん認めて頂いた。ただし、その化学の研究室での実験は一年半であったが、そこに所属する前から準備を始めていて、構想段階の期間も含めると、5年ほどを要した。教授が私の仕事を評価したとき、準備期間を含めて5年の歳月を費やしたことは、考慮していなかったと思われる。

次に化学の研究室の配属になったとき(先のと同じ研究室)、2年半在籍した。このケースでは、予め準備していた研究テーマはなく、一から始めることになった。確実に結果の出る研究テーマは、指導した大学院生に与え、私自身は少し別の研究を行なった。残念ながら、私自身が行なった研究は2年半の間には花を咲かせることはなかった。結果として、この期間における私の業績は、大学院生にやらせた実験の結果を2報の論文にした物のみである。教授の評価は低く、「履歴書を良くする為に、すぐに結果が出る別の実験の手伝いをした方が良い」というのが、彼の教えであった。つまり、論文の数をもっと増やせということである。結局、それを行なう時間も取れずに、この研究室を離れることになった。

他方、生物学者である私は今、生物学の研究室に所属しているが、ここでの論文発表のサイクルは、筆頭著者の論文が2年に1報のスピードである。今のボスの評価は悪くはないようである。生物学の他の分野はどうか分からないが、分子生物学の分野では、論文数は普通これぐらいであろう。

さて、噂に聞く、野依理事長の部下に対する要求はどうか。化学の世界での常識が、生物学も含めた他の分野まで波及しているのではないか?化学の世界で求められるものと同じスピードでの論文発表が生物学の分野でも求められれば、研究の方向性はどの様になってしまうのか?そういった要求が強ければ、目先の利益のみを追求するような偏った研究ばかりになってしまうのではないか?まともに生物学を研究して、短期間に結果が得られなかった研究者が、もっと時間を掛ければちゃんと業績を残せるにもかかわらず、解雇されてしまうケースはどれぐらい在るのだろうか?また、今の運営では、そういった生物学者が解雇される前に不正に手を染めてしまうケースも、増えてしまうのではないか?

野依理事長を続投させるかどうかを考える前に、こういった点がちゃんと考慮されているのだろうかという疑問を抱かざるを得ない。

最後に、先に述べた化学の研究室で計4年も使って頂いたことは、本当に感謝している。この時のボスが掲げる、現在までの研究のベスト5には、私の行なった研究の成果が含まれている。この事は、私の当時の研究が大いに評価されているという意味で非常に嬉しい。ただ、その様に評価して下さっている方でも、いざ目の前で生物学者がどの様に仕事をしているかを見ていたときは、何か頼りなさを感じていたのではないだろうかと思うのである。

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